
これまでにも何度も昨今はすぐ手に入ることに慣れてしまいダメになっていると話してきた。
しかし、すぐ手に入ることも良いことがある。
それは知識だ。
知識情報はすぐに手に入るようになってありがたい。
昔は、どなたか偉人がいると聞けば、会いに行き、お話をきかなければ知ることができなかった。
今では、本としてすぐに手にいれることができる。
コロナ禍のおかげさまで、Youtubeでも専門家の方々が専門分野をわかりやすく講義してくださっているので見ることができる。
大学に入らなければ聞けないものも公開してくださっているのだ。
知識情報はすぐに手に入る状況だ。
しかし、知識として得ても実践しなければ何の意味もない。
頭でっかちの口八丁野郎では意味がない。
体得は、すぐには手に入らない。
体得する力は持っているが、継続できないために開花しないのだ。
継続こそ力なり。
生きている意味がわからない。
勉強する意味がわからない。
こんな学生が増えている。
私も同様の学生だったため理解はできる。
生きることを継続していたら、生きる意味が少しわかってきた気がする。
生きることを継続していたら、勉強する意味がわかってきた気がする。
意味がないと思っていても生きることを継続させていれば何かに気が付く時期が来る。
時期が来なければ大切なことが目の前にやってきても結局は見過ごしてしまうのだ。
意味など考えず、生きているだけで素晴らしいのかもしれない。
色々な人に出会うきっかけをくれるこの仕事に感謝である。
ありがとうございます。
篠崎大輔